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第15試合 新たな気持ちと共にオマーンから家族が待つバンコクへ飛びます

2019年7月27日

オマーン

 

初めてブログを書いたのは大学3年生の頃だったでしょうか。当時のブログ名は「タイリーグ への挑戦」と題して、大学を卒業後の進路としてタイでプロフットサル選手になるまでのストーリーについて書かせてもらっていました。丁度、アメブロが全盛期だったのでアメブロを使って書いていたのが懐かしいです。

 

今回、改めてブログを書く事にしたのですが、TwitterやFacebook、そして、Instagarmともうまく差別化をしていきたいと思っています。どうしても似たり寄ったりの内容にもなってしまいがちではありますが、自分の頭の中ではどこで何を書くかは整理が出来ているつもりです。

 

このブログで大事にしたい事は、アクセスを狙うような内容にするのではなく、素直に書きたいな、みんなに知ってもらいたいなと思った事を書いていきます。TwitterやFacebookでも書きたい事を書かせてもらってはいますが、文字数が多くなると見る側としては見難くなるので、少し長くなっても問題が無いブログを開設する事により、何も気にしなく文章がかけると思いました。

 

メインとしては、アジアや中東に関わるサッカーや一般ビジネスについて書く事になると思いますが、基本的には自分が経験をして来たことや目にして来た事を書きます。なので、一般的に言われている、また、考えられているものとは違った内容になる時もありますが、そういう世界や考え方もあるよなぁという程度で読んでもらえたら嬉しいです。

 

僕にとってドバイへのチャレンジは、人生で3度目のチャレンジだと思っています。1度目は地元である仙台から東京に行った時、2度目は東京からバンコクへ行った時、そして、今回が3度目でバンコクからドバイに行く時です。日々、小さな挑戦を繰り返しているのですが、大きな挑戦をする時はより気持ちも引き締まりますし、まぁ、ビビります。

 

この年齢になると挑戦がし難くなります。それは、家族が出来る事により、より安定を求めることやフットワークが重くなるという理由もあります。それ以外にも、人間というのは歳を重ねるごとに挑戦を避けるように脳が作られているのかなと思うように、無意識的にリスクが少ない選択を取るような気がしています。

 

ドバイに法人を設立するにあたり、何度も辞めようかなって思ったことがありましたが、フットワークの軽さやリスクを冒しながら挑戦をする事が唯一の取り柄の自分が守りに入ったら、何一つ残るものが無いなと考えました。恐らく、このままバンコクで生きて行っても死ぬ事はないかな?と思っていますが、可愛い娘を2人持つ親としては、そんな情けない選択は出来ないと思い、意識的にリスクを取りながらチャレンジをする道を選択をしたという背景があります。

 

その結果、水を得た魚と言いますか、守りに入りつつあったタイ生活もそうですが、ドバイとオマーンに約10日間程滞在をして久しぶりに戻るバンコクにて沢山の挑戦が出来そうな気がしています。全く同じ物でも、上から見るのか、下から見るのか、はたまた、横から見るのかで見え方が全く変わるように、バンコクから見ていた世界ではなく、世界から見るバンコクという視点でバンコク滞在を迎える事が出来そうです。

 

そう思えるだけでも、ドバイに法人を作ってよかったな、新たなチャレンジをしてよかったなと思っていますが、また、その環境にもすぐに慣れてしまうわけなので、そうなる前に新たなチャレンジをする準備をしなければなりません。

 

タイに戻った際には、タイのビジネスビザ(Non-B)の更新と仕事の関係で約3週間ほどは滞在をする予定ですので、その期間にてバンコクにいる皆さんと会える事を楽しみにしています。そして、何歳になっても、どんな時でも刺激をし合えるような時間を過ごせるように心がけていきたいと思っていますし、このブログを通じて、みなさんと一緒に何かに向かってチャレンジをしたり、小さな刺激になってもらえれば幸いです。

 

 

Koichi Mano

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